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仙台地方裁判所 昭和45年(わ)435号 判決 1973年3月19日

主文

被告人は無罪

理由

第一公訴事実、罪名および罰条

本件公訴事実は

被告人は、昭和四五年一〇月八日午後三時四分ころ、仙台市一番町一丁目一二番三〇号先東一番丁・柳町交さ点路上において、交通整理並びに被告人ら約五〇名のなす違法な集団行列行進に対する警告の職務に従事中の宮城県仙台中央警察署勤務巡査二瓶昭に対し、手でその左右上腕部を一回殴打し、その左大腿部を足で二回蹴りつけて暴行を加え、同人の右職務の執行を妨害し、かつ、右暴行により同人に全治約三週間の加療を要する左大腿部、左右上腕各挫傷の傷害を負わせたものである。

というものであつて、その罪名は、公務執行妨害、傷害、罰条は刑法九五条一項、二〇四条である。

第二当裁判所の判断

一はじめに

当裁判所は、次に掲げる三項目につき論点を集約したうえ検討し、主文のとおりの結論に達した。

(1)  まず、本件訴因のうち傷害の点について、公訴事実記載の傷害が被告人の暴行によつて生じたものであるとの立証がないため無罪。

(2)  公務執行妨害罪の点について、妨害行為の対象とされた宮城県仙台中央警察署勤務二瓶昭巡査(以下二瓶巡査と呼ぶ)の当該職務の執行が適法性を欠くため無罪。

(3)  なお、右のように公務執行妨害罪、傷害罪の成立が否定される場合に被告人が二瓶巡査に加えたとされる暴行の点が残るのであるが、この点も当裁判所は二瓶巡査の職務の執行を違法と考えたため、右暴行については急迫不正の侵害に対する正当防衛行為として評価し無罪。

二当裁判所の認定した事実

<証拠>を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  被告人は、昭和四五年一〇月八日当時東北大学の学生であつたが、当日他の同大学生らと共に仙台市川内の東北大学教養部構内で集会し、同日午後二時三〇分過ぎ約五〇名の学生らと共に「出入国管理体制粉砕、反軍闘争勝利」をスローガンとする集団示威行進(以下デモ行進とよぶ)に参加した。ところで、右デモ行進は予め代表者川村邦光より行列行進集団示威運動に関する条例(昭和二四年宮城県条例四七号)四条および道路交通法七七条一項四号、宮城県道路交通規則(昭和三五年宮城県公安委員会規則第八号)(以下単に県道路交通規則とよぶ)一五条二号に定める手続に従い宮城県公安委員会ならびに所轄仙台中央警察署長に対し主催者「東北大学一〇月行動委員会」、実施日時「昭和四五年一〇月八日午後二時から午後三時まで」、目的「国際反戦のためのデモ行進」として、行列行進集団示威運動許可申請がなされ、いずれも右各法規の定めに従つて一定の許可条件が付されたうえ許可されたものである。そのうち道路交通法七七条三項による仙台中央警察署長が付した許可条件は、次の三項目であつた。

(1) 行進は、三列の縦隊で百名ごとに一隊とし、各隊間の距離は約五メートルを保つようにすること。

(2) 歩車道の区別のない道路においては道路の左側端、歩車道の区別のある道路においては車道の左側端(車両通行帯のある道路では第一通行帯)をそれぞれ通行すること。

(3) 蛇行進、うず巻行進、殊更に隊列の幅を広げる行進、他のててい団との併進、先行てい団の追越し、又はことさらなかけ足行進、おそ足行進など一般交通の安全と円滑を阻害するような行進をしないこと。

(二)  右のようにして同日午後二時三〇分過ぎ仙台市川内の東北大学教養部構内を出発した集団(以下デモ隊と呼ぶ)の型態は、出発の当初より終始変らず、隊列外にいた指揮者一名、旗手(当日のデモ行進の目的を掲げた旗を持つもの)一名を除く他の者は四列縦隊となり、先頭部のものは角材を支えにして隊伍を組み、大部分はヘルメットを着用し、被告人は右集団の最前列の進行方向に向つて左端に位置していた。右集団は仙台市内の「中の瀬橋」を渡り、市電通りに出て南進し、西公園前から右に折れて青葉通りに入り、青葉通り東一番丁交差点から東一番丁通りを南進し、仙台市一番町一丁目一二番三〇号先東一番丁・柳町交さ点(以下柳町交差点と呼ぶ)の北側横断歩道の手前にさしかかつたところ、対面信号が停止の「赤」信号となり、交通整理をしていた二瓶巡査の「停止」の手信号により、信号待ちのため一旦停止した。その間のデモ隊は、許可申請時間の残り時間が少ないこともあつて青葉通りおよび東一番丁通りにおける進行速度は通常のデモ行進よりやや速く、市電通り立町小学校前で若干の蛇行進はあつたものの特段のトラブルもなく比較的平穏な行進を続け午後三時一、二分ころ柳町交差点に到着した。そして、同交差点を通過して南進すればそこは既に当日の本件デモ行進の終了地点である東北大学本部片平構内であつた。

(三)  デモ隊は、前認定のように柳町交差点北側入口で一旦停止した後、進行方向の信号機が「青」信号に変つたところで若干行進の速度を遅め、全員やや腰をかがめて同交差点に進入し、交差点内に入るとすぐ北側横断歩道手前の車道内左側端から、交差点西側に向い、その先頭部分が西側横断歩道に到る直前で、さらに交差点東側に向きを変えて進み出し、いわゆる蛇行進を行つた。そこで当日デモの警備にあたつていた警察の指揮官車より「蛇行進をやめて早く交差点内から出るように」とか「デモの申請時間もないから早く交差点より出るように」という趣旨の音声による注意がなされた。同交差点では当時二瓶巡査を含む三名の交通整理小隊の警察官が交通整理の任務についていたが、右巡査を除く二名はそれぞれ東西の交差点入口付近で同所にさしかかつた車両の停止指示をしており、二瓶巡査は、同交差点内中央付近で交通整理を行つていた。ところで、二瓶巡査は、デモ隊の右蛇行進を認めてこれを前記デモ行進に対して付された前記道路使用許可条件に違反した違法行為と判断し、口頭の警告を発したが、デモ隊が右警告に従わないため、交差点中央付近からデモ隊の先頭部にいた被告人の前に立ち、前記デモ隊先頭部のものが横にして支えにしていた角材(以下フロントバーと呼ぶ)のデモ隊の進行方向からみて左端を掴んで、交差点南側方向へ引つ張り、デモ隊をその方向にある東北大学本部構内へ誘導しようとしたところ、同巡査の前にいた被告人は、フロントバーから同巡査をひき放そうとしてまず左手で同巡査の右腕を突き、さらに左手拳で同巡査の左腕を打ち払つた。そのため、同巡査は、フロントバーから手を離し、すかさず被告人の背後にまわり、同人が着ていたセーターの胸倉付近をつかんだところ、被告人は再びこれを振りほどくため同巡査に対し左足で後ろ向きに二回蹴りつける暴行を加えた。その直後、被告人は二瓶巡査を含む他の警察官より公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕された。

三傷害罪についての無罪理由

(一)  <証拠>ならびに医師薄場元作成の診断書によれば、先きに公訴事実として記載した日時、場所において二瓶巡査が左大腿部、左右上腕各挫傷の傷害を負つた事実が認められる。

ところで本件訴因として右傷害は被告人が同巡査に対し左右上腕部を殴打し、左大腿部を足で二回蹴りつける暴行を加えた結果生じたものであるとされているので以下この点について検討する。

(二)  本件柳町交差点において、被告人が二瓶巡査に加えた暴行についての当裁判所の認定した事実は前記二の(三)記載のとおりである。もつとも右暴行につき、被告人の当公判廷における供述と証人二瓶昭、百足昌雄、嶋田卓郎、木村栄の各供述との間に大きなくい違いがあるので検討する。

右訴因中被告人が二瓶巡査に対し右上腕部を左手で一回突き、左大腿部を一回足蹴にした暴行については被告人の当公判廷における供述および前掲証人百足昌雄、嶋田卓郎、木村栄の本件公判調書中の一致した各供述により認定できる。

被告人の右以外の暴行については、一応前掲証人二瓶昭、百足昌雄、嶋田卓郎、木村栄の公判調書中の各供述が存在する。

そこで、右証言の信用性を吟味するに、まず二瓶昭の右供述については、同人の証言は全体に不正確であるうえ、事実を誇張した表現が目立ち(たとえば、同人の通院治療の点、本件交差点での交通渋滞の点など)直ちに信用し難い。

次に百足昌雄の証言については、同人は、「被告人が二瓶巡査を二回殴打し、一回足蹴にした」旨供述しているが、当日同証人はデモに関して出動した警察部隊の指揮班に所属し、指揮班総括採証係としてデモ行進の動静を写真撮影すべく、これに専従していたものであつて(この点は同証人の供述を記載した前掲公判調書中の各供述記載によつて認められる)ほとんど終始、写真機のファインダーを通してデモ隊を観察していたものであるが、同証人も供述するようにファインダーの視野は一般に限定されるものであり肉眼で直接観察するよりかなり不正確なものであるといわなければならない。してみれば被告人のかかる暴行を目撃した旨の供述はやや不正確のそしりはまぬかれず、直ちに措信できない。

そこで、嶋田卓郎証言と木村栄証言を記載した公判調書中の各供述記載を検討するに嶋田証言は、当初「被告人が右手をまつすぐ突き出した。続いてデモ隊が進む。警察官が立つているからデモ隊と直角のような形になり今度は思い切り振つた。そこで警察官が胸倉をつかんだところがデモ隊が進むから警察官若干後向きになり、被告人が警察官のももの付近を足で蹴つた。一回目は強く、二回目は弱く自分は二回蹴つたように憶えている」旨供述し、後で殴打の点については「二回とも左手で殴つた」旨供述を訂正している。一方木村証言は「被告人が二瓶巡査の右腕を左腕で最初突くようにして殴打し、そこで二瓶巡査が被告人の左脇の方に行つて押すような格好で誘導していた。横に行つた際、又左手で同巡査の左腕を後の方に振るようにして殴つた。さらに、その後左足で同巡査の左もものあたりを二回蹴つた」旨供述しており、両証言とも右供述がかなり具体的でほぼ一致しており、同証人の目撃位置をも考え合わせると信用できるものである。

次に、前記認定の被告人の暴行により、二瓶巡査の前記傷害が生じたか否かを判断するに、前掲証人山田茂樹は当公判廷において「二瓶巡査がデモ隊のフロントバーを握つた時、同巡査の引つ張つている手を自分も払つた」旨供述し、また前掲証人堺武男は当公判廷において「殴打された二瓶巡査が被告人のセーターをつかんだ際、デモ隊二列目以降の端のグループから『やめろ、やめろ』といつて同巡査をひつぱつたり、あるいはその辺でこづき合い蹴り合いが始まり蹴つた人も三、四人いたと思う」旨供述している。ところで右証言中特に堺証言については、次のように信用できるものと考えられる。前掲第八回公判調書中の証人百足晶雄の供述および同人撮影の写真三一葉中No.7、No.8(但し、表紙に同人の署名、捺印のあるもの)を仔細に検討してみると、同写真No.7は、二瓶巡査が被告人のセーターをつかんだ時点の写真であるが、この写真中にはデモ隊進行方向からみて左端のグループの中には同巡査の右上腕部に手をかけているデモ隊員があり、その右隣からは同巡査に向つて手を伸ばしている者がいることも明らかであり、つづいてNo.8の写真は前記認定の如く被告人から蹴られた後の写真であるが、同じくデモ隊の四列目左端には同巡査に向つて足をのばして蹴る格好をしているデモ隊員が写つており、これらの事実は右堺証言の信用性を裏付ける有力な物的証拠である。従つて右堺証言は充分信用できる。そこで、本件当時、二瓶巡査は被告人以外の本件デモ参加者数名からも上半身および下腿部に殴打、足蹴りの暴行を受けた事実を認定することができ、同巡査の受けた傷害が右暴行により生じたのではないかという強い疑いが生じ、右疑いを払拭し去るに足りる証拠がない。

(三)  結論

してみれば、本件柳町交差点で二瓶巡査の左右上腕部および大腿部に加えられた暴行が被告人以外のものの暴行ではありえないとの立証がつかない本件においては結局被告人の暴行と二瓶巡査との間の因果関係の立証がないことに帰し、本件傷害の訴因については犯罪の証明がないものといわざるをえない。

四公務執行妨害罪についての無罪理由

(一)  およそ公務執行妨害罪における公務の執行は適法なものでなければならず違法な公務員の職務の執行に対して加えられた暴行、脅迫は刑法上の他の犯罪を構成することがあることは別論として、公務執行妨害罪の構成要件には該当しないものといわなければならない。

そこでまず、被告人が行つた蛇行進は、道路交通法七七条三項、一一九条一項一三号に該当する違法行為であるか否かにつき検討し、次に二瓶巡査の右職務の執行が警察官職務執行法(以上警職法という)五条による適法な警告ないし制止にあたるか否かにつき判断する。

(二)  当裁判所は、以下に述べる理由により、被告人が道路においてなした右のような「蛇行進」はいまだ道路交通法七七条三項、一一九条一項一三号の構成要件に該当しないと考える。

(1) 道路交通法七七条一項は、その一号ないし三号において道路使用について所轄警察署長の許可を要する諸行為を掲げ、さらに同第四号において「前各号に掲げるもののほか、道路において祭礼行事をし、又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者」も所轄警察署長の許可を受けなければならない旨を定め、この委任を受け県道路交通規則一五条はその二号において、道路における一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態で集団行進をする場合を所轄警察署長の許可を要する事項と規定した上、さらに道路交通法七七条二項一号は右道路許可申請に対して原則として許可を義務付け、同条二号は当該申請に係る行為がそのままでは現に交通の妨害となるおそれがある場合でも同条三項によつて所轄警察署長が「当該許可に道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な条件」を付することによつて交通の妨害となるおそれがなくなると認められるときは条件を付した上道路使用を許可しなければならない旨規定している。

道路交通法七七条、県道路交通規則一五条の右規定によれば、所轄警察署長が同法七七条三項に基づいて道路使用について許可条件を付することができる範囲は、その条件を遵守しなければ、一般交通に著しい影響を及ぼし道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図る目的(同法一条)を達成されない場合に限定されなければならない。このことを本件に即して言いかえれば、許可条件違反の蛇行進を道路交通法違反の構成要件に該当するものとして処罰(違法視)するためには、その集団行進が一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であることを必要とするといわなければならない。

右解釈は同法制定の経緯に照らしても明らかである。即ち、道路交通法七七条は旧道路交通取締法二六条の改正規定として登場して来たものであるが、改正前の同法においては法文上公安委員会規則に委任された事項が無限定であつたのに対し、これが現行道路交通法のように改正されたものであり、この要許可行為についての限定は、また許可条件違反の行為とされる集団行進をも限定するものと解すべきである。

また、右の解釈は、集団行進の表現の自由(憲法二一条)としての重要性に鑑みても相当であると考える。

集団行進は憲法二一条の表現の自由の範疇に属する行為であることはもとより、国民が主体的に政治に参加する手段として民主政治の基調をなし基本的人権の中でも特に強く保障されなければならない権利である。

従つて、道路交通法によつて集団行進を制約するには同法一条の目的を維持するための必要最小限度に限定されなければならないものである。

従つて、ここで道路交通法によつて集団行進を制約するには先の同法一条の同法の設定目的を維持するための必要最少限度に限定されなければならない。

検察官は、道路交通法七七条一項四号、三項違反の行為としては抽象的に著るしく一般交通に影響を及ぼす行為であることをもつて足りると主張するが如くであるが、この見解は、右集団行進の重要性を軽視し、取締の便宜を重視した見解であるばかりか前述した同法の改正経過において明らかにされた立法趣旨に反するといわなければならない。

即ち、現行道路交通法制定当時の国会における立法当局の趣旨説明やこれに対する質疑応答等を通じ本法制定当時の立法の経過(参考資料として第三四回国会会議録、特に参議院地方行政委員会会議録昭和三五年三月一五日、同月二二日、同月二五日、同月三〇日の分参照)によれば、結局集団行動に対して道路交通法七七条が適用されるとしても、表現の自由を保障している憲法二一条の趣旨に照らし、集団行進等の集団行動については必ず右七七条二項一号ないし三号のいずれかに該当し許可が義務づけられていること、また集団行動に関して同条五項によつて所轄警察署長が許可の取消又は効力の停止をなしうるのは天災地変その他これに類する希有の極限的な状況が発生した場合に限られることがいずれも確認されたうえ可決成立した。このような立法の経過に鑑みるときは、本法七七条、七八条で許可申請あるいは許可という語が用いられているが集団行進等の表現行為については、いわゆる学問上の「警察許可」の如く、一般的禁止を前提とし、特定の場合に裁量によつて禁止を解除するといつた解釈をとることなく、その実質は届出制と同様に運用しなければならないものである。このことは、表現行為が同法の解釈上非表現行為と質的に異なる尊重を払うべきことを要求される有力な根拠となり、前述のような道路交通に対する抽象的危険でもつて表現行為たる集団行進を取締まることを否定するものである。

以上の理由によつて、所轄警察署長が同法七七条三項に基づいて集団行進に対して条件を付した場合、右条件違反として道路交通法違反の構成要件に該当するものとして処罰されるのは、その集団行進が一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であることを要し、しかもその影響は先のような強い理由によつてかなり高度なものを指すものと解さなければならない。

(2) そこで柳町交差点において行なわれた本件デモ行進が一般交通に著しい影響を及ぼしたか否かについて判断するに、本件デモ行進の目的、規模および本件柳町交差点内での行進の態様特に二瓶巡査が本件規制に至るまでの蛇行進の程度、右行為が行なわれた日時、場所、蛇行進の時間等は前に認定したとおりであるが、さらに、前掲各証拠によつて右現場での当時の交通の状況、デモ隊の進行態様、各行動の時間的経過についてさらに仔細に検討してみるに、前掲各証拠によれば二巡査はデモ隊が交差点内に進入を開始した後、約三〇秒後にフロントバーを掴んだこと、同交差点の「青」信号の点灯時間は約四〇秒であること、同巡査がフロントバーに手をかけ被告人の前記暴行により右フロントバーを離すまでの時間は約一〇秒くらいであつたこと、被告人が公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕されたのは当日午後三時四分頃であつたこと、またデモ隊は同交差点内での被告人と二瓶巡査間の右小ぜり合いの間も進行をやめておらず、同巡査がフロントバーを離した時点ではデモ隊先頭は既にデモ隊の正規のコースである交差点南方の東北大学本部片平構内方向に向きを変えようとしていたこと、被告人が逮捕された時点においては、デモ隊はほぼ同交差点内を渡り終え、その後デモ隊は隊列を整え右東北大学本部構内へ入つたことが認められる。

さらに、証人堺武男、嶋田卓郎の各供述によれば、同交差点における交通量は東西に通ずる道路は東西両側の横断歩道付近にそれぞれ二、三台自動車が停車しており、歩行者もまばらで比較的閑散であつたことが認められ、右認定に反する証人二瓶昭の同交差点の東西に各三〇台位の自動車が停滞していた旨の証言は、前に認定したデモ隊が交差点内に進入し、警告を受けるまでの時間が約三〇秒である事実に照らし、このような短時間にかような交通停滞を来すことが通常ありえないことから信用できない。

次に本件交差点における南北の車両の通行は、証拠上かならずしも明らかでないが前掲証拠中第八回公判調書中の証人百足昌雄の供述部分および同人撮影の写真三一葉中No.19、No.20を検討してみると、これらの写真は、デモ隊が柳町交差点通過直前または既に蛇行進に入つた時点での付近の状況を撮影したものであるが、東一番丁通りの車両の通行量もまた右交差点の東西の横断歩道付近程度の車の通行量程度と推測される。また同交差点内でデモ隊が蛇行進をしている時点において停車している車両等から通行催促の警告が発せられた状況もなかつた前掲証拠中証人山田茂樹の当公判廷における供述も、当時の柳町交差点付近の交通量は全体として前記百足昌雄撮影の写真No.20程度であつた旨おおざつぱな印象を述べておる。右事実と前記認定のようにデモ隊が柳町交差点を渡り終るに要した時間が二、三分であつたこと、ならびにデモ隊の員数が約五〇名という比較的少数であつたことを考慮すると、本件蛇行進によつて、車両の通行が格別阻害されたわけではなく、さらに、当時右道路を通行していた歩行者が、特に本件デモによつて交通を妨害された形跡もみられない。

してみると、被告人が約五〇名の学生らとともに柳町交差点内で行なつた「蛇行進」は、これによつて一般交通にある程度の支障を及ぼしたことは否定できないけれども、未だ一般交通に著しい影響を及ぼすような行為とは認められない。したがつて被告人の前記行為が道路交通法七七条三項、一一九条一項一三号にいう違法行為に該当するとはいえないものである。

(三)  前段認定のように柳町交差点で被告人が行なつた蛇行進は道路交通法七七条三項、一一九条一項一三号の犯罪行為をいまだ構成していなかつたのに、二瓶巡査は右蛇行進を道路交通法違反の行為と考えて、前記デモ隊のフロントバーを引つ張つてこれを是正する行為に及んだものであるが、右二瓶巡査の行為は右のような見解に立つてもなお適法な職務の執行として維持できるか否かについて考察する。

本件訴因は、右二瓶巡査がフロントバーを引つ張る行為は警職法五条前段の警告に該るとして構成されていることは公訴事実記載の内容および起訴状に関する検察官の釈明によつて明らかである。

弁護人は右行為は同条後段の制止行為に該ると主張しているが、いずれの見解をとるにしても、まず二瓶巡査が右行為に及ぶ前段階で被告人の蛇行進が警職法五条の定める「犯罪がまさに行われようとする」という状況下にあつたことはその二瓶巡査の適法な職務執行の要件として必要である。

ところで、右にいう「犯罪がまさに立われようとする」状況とは、犯罪が成立する危険性が時間的に切迫している状態をいい、本件柳町交差点内での被告人の行なつたデモ行進に即していえば、被告人らの行なつた蛇行進がこれを放置するにおいては一般交通に著しい影響を及ぼすに至るさし迫つた危険があるという状況下にあつた場合でなければならない。

勿論、この状況の判断は当時二瓶巡査がその要件があると判断すればよいというものではなく、その判断の基準は当時の柳町交差点での交通の状況、デモ行進の形態、方法等に照らして客観的に判断しなければならない。

前記本節(二)認定のように、本件デモ隊は約五〇名であつて比較的少人数であつたこと、デモ行進の許可時間が当日午後二時から午後三時までであつたところ、仙台市川内の東北大学教養部を出発した時間が当日午後二時三〇分過ぎに遅れたこともあつて柳町交差点に至るまではデモ行進の速度は通常のデモ行進の速度よりもやや速かつたが、同所においては最後の示威運動の機会と考えて速度を落として時間をかけてデモ行進をしようとしたものの許可時間がなかつたので通常のデモ行進の速度であつたこと、従つて柳町交差点についていえば通常のデモ行進の速度に比してことさら遅いものでなかつたこと、交差点入口直前では交通信号とそれに従つてなしていた二瓶巡査の停止の手信号に従つて、進めの信号がなされるまで一時停止するなどかなり整然としいること、二瓶巡査が本件規制に及んだのは蛇行進を始めて約三〇秒であつたこと、又この時期の柳町交差点における交通阻害の実態は前段認定のとおりである。

しかもデモ隊は柳町交差点での小ぜり合いにもかかわらず進行をやめず、約二、三分後にほぼ交差点を渡り終つているのも前記本節二認定のとおりである。

右各事実を前提にして考えると、本件蛇行進は到底いまだ一般交通に著しい影響を及ぼすに至るさし迫つた危険があつたとは認められない。

してみれば本件は二瓶巡査の前記行為を警職法上の警告かあるいは制止行為かを判断するまでもなくそのいずれであつたとしても適法な職務の執行とは認められないものである。

(四)  結論

よつて、被告人が二瓶巡査に加えた暴行は、二瓶巡査の職務の執行が適法性を欠く故に公務執行妨害罪の構成要件に該当しないものであるといわざるをえない。

五暴行罪についての無罪理由

ところで、前記のとおり、二瓶巡査の当時の職務執行は、違法のものであるから、これを排除するためになされたやいを得ない行為はいわゆる正当防衛行為として許されるといわなければならない。

被告人は、前記認定のとおり二瓶巡査が違法にデモ隊先頭部が横に支えにしていたフロントバーを引つ張ることによりデモ行進を規制する行為に出たので、同巡査の手をフロントバーからはずすため同人の左右の腕を払う暴行を加え、さらに同巡査が違法に被告人のセーターをつかむ暴行におよんだためこれを払うため同人を後ろ向きに足で蹴る暴行を加えたものであつて、いずれも比較的軽い暴行であつて、被告人を含むデモ隊に対する現在の危険から正当なデモ行進および被告人の身体の安全を防衛するため、必要かつやむを得ない程度の所為に及んだに過ぎないと認められる。

よつて被告人の所為は正当防衛行為として、刑法三六条一項により犯罪を構成しないものといわなければならない。

第三結論

以上のとおり、被告人については前記第一の公務執行妨害罪、傷害罪、暴行罪のいずれの訴因についても犯罪の証明がなかつたことになるので、被告人に対し、刑事訴訟法三三六条後段により無罪の言渡をすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(中川文彦 坂井宰 正木勝彦)

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